バイトテロ総合
▼ページ最下部
001 2025/12/29(月) 12:08:21 ID:tMQqe0iQQ2
002 2025/12/29(月) 13:12:22 ID:j14.3GYyVA
バカは大学に行かずに就職してさえいれば
こんな事に成らなかったのに
大学は1分の3に減らすべき
返信する
003 2025/12/29(月) 14:48:31 ID:8JWmCHRNlI
彼ら若い世代はストレスになれていないから、仕事の厳しさに解消法が見つからずおかしくなるのだろ。
嫌悪感を抱きつつも「なぜそうなったか」を分析して立派な大人になれるように導いてあげる必要がある。厳しい制裁を加えても「評価者の金銭的利益など」といった醜い態様にしかならない。
でないと若い彼らは伸びる事はなくホームレスか強盗犯にしかならなくなる。若いとは赤ちゃんみたいな事だよ。
どこまでも寛容な母性で見守る必要がある。
返信する
004 2025/12/29(月) 15:44:30 ID:UiKmOuEE7c
005 2025/12/29(月) 17:22:17 ID:zv/NXPFPYY
いつも思うが冷蔵庫の奴は別に変な事してなくね?
業務用冷蔵庫の掃除でわざわざ靴脱がんぞ
返信する
006 2025/12/29(月) 18:47:12 ID:PICjNoJOrc

顔見りゃわかるけどこいつら全員朝鮮系だからなw
返信する
007 2025/12/29(月) 21:26:00 ID:8JWmCHRNlI

彼らは「なめてんのか」の佐山聡に弟子入りしたら少しは価値観が変わるかもね。彼実はあの伝説的存在であるアントニオ猪木の愛弟子なんだな。
【アリ戦後の控室で目にした猪木さんの涙】
佐山はアントニオ猪木の強さに憧れ、格闘家を志して新日本プロレスの門を叩いた。しかし入門すると、競技としての「格闘技」と「プロレス」の違いに気づく。
それでも佐山は入門前の初心を忘れなかった。その理由は「猪木さんがいたから」だった。
「猪木さんは道場で"ガチンコ"のスパーリングしかやらなかった。徹底して強さを追求していました。そして一番強かったんです。そんな師匠の背中を見ていたので、格闘家としてのプライドを持つことができました。
若手時代は、自分のことをプロレスラーではなく格闘家だと思っていました。他の格闘技の選手と闘ったら絶対に負けない、という気持ちは、あの頃の新日本にいた選手たちはみんな持っていたと思います。スパーリングも真剣勝負ですから、私生活では仲がいいんですけど、練習になると『負けてたまるか』と敵対していました」 徹底して「プロレスこそ最強」を追求した、猪木さんが率いた新日本プロレス。佐山に「もし猪木さんがその理想を追求していなかったら、どうなっていましたか?」と問うと、「僕はすぐにプロレスを辞めていました」と即答した。そして「あの練習が"猪木イズム"ですね。その感覚は、1970年代に新日本を通ったレスラーじゃないとわからないと思います」と続けた。
https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/othersports/fight/2023/10/...
返信する
008 2025/12/29(月) 21:27:25 ID:aHf97ObAps
動画を撮ってしかもそれを公開するヤツなんてごく少数だよな
要はこういう非衛生的な行為自体は
この何百、何千倍もあるってことだよな
このぐらいの質の悪いやっすい飲食店に良く行くやつはよーーく考え直した方がいいw
返信する
009 2025/12/29(月) 23:04:00 ID:LlGK6WgNwI
010 2025/12/30(火) 14:38:00 ID:JRjfLPzaUY
011 2025/12/30(火) 16:40:20 ID:Iw7xUKVmek
012 2025/12/30(火) 19:35:39 ID:Iw7xUKVmek
013 2025/12/31(水) 23:30:38 ID:6CnA8WBWRA
▲ページ最上部
ログサイズ:6 KB
有効レス数:13
削除レス数:0
不適切な書き込みやモラルに反する投稿を見つけた時は、書き込み右の マークをクリックしてサイト運営者までご連絡をお願いします。確認しだい削除いたします。
総合映像特設掲示板に戻る 全部
次100 最新50
スレッドタイトル:バイトテロ総合
レス投稿