世界1999年終了説
▼ページ最下部
001 2026/05/04(月) 21:22:59 ID:YlFGNbuC7U
002 2026/05/04(月) 23:33:55 ID:BV028x83ps
高度経済成長期世代の人生からの引退。
古い世代はもう力尽きた。これからは新しい世代が新しい時代を考えないとならない。
返信する
003 2026/05/05(火) 01:40:54 ID:epUVSQjbeA
明和水産の2010年板を作らない系の動画
返信する
004 2026/05/05(火) 05:38:15 ID:nGJFCIOnKw
>>1 全世界的なものであり、この動画の中ではテクノロジーが文化を消化、飲み込んで個別文化の生成存立エネルギー供給を断ったのだと説明している。新しいポップカルチャーの生成以前に新しい文化創造全般が止まってしまたのだと。
デビッド・ボウイがインターネットのインパクトを語る場面は、情報通信テクノロジーが我々が理解、管理できないくらいの未知の領域に人類を立たせたとその真の影響の計り知れなさを受け止めるべきと強調しているが、確かに、我々人間も情報処理体であり、情報処理体であるがゆえに文化を形成してきたことを考えるならば、その極端な拡張がフィジカルな文化創造を阻害する契機になったと考えるのは辻褄が合う。
単なる都市伝説ではなく、文明論として考えるならば、現在の多文化共生ムーブもまた単に国連リベリズムによる頭でっかちな綺麗事理念押し付けというよりは、個別文化衰退、鼓動停止現象の追認診断から来る処方箋なのかも知れない。
現在進行系で起きていることを「身体喪失体験は文化を枯らす」……そう一言でまとめる事ができそうだ。
まだまだ人類は身体を失うのであろう。
返信する
005 2026/05/05(火) 05:45:10 ID:Wkj3bcnJsY

面白いな
自分はその通りだと思ったな
返信する
006 2026/05/05(火) 05:54:06 ID:nGJFCIOnKw
ウーバーやコンビニ、SNSが消失させているのは身体なのだと。1日の半分を水汲みや、牛追いには費やさず、パンデミックで推進された空調の聞いた部屋でリモートワークする人々が手放しているのも身体なのだと。
それゆえに、新しいドラマは生まれず、漫画やアニメは高校生部活辺りにドラマを探し、身体を感じさせる病や障害を眺めたがり、
ポストモダンは器官なき身体などと言っていたわけだ。
人類は身体なきAIを模倣し始めてもいる。
返信する
007 2026/05/05(火) 06:07:38 ID:nGJFCIOnKw
タイパコスパ、寿司職人の修行十年は無駄……これらは単なる効率至上主義ではない。ノイズでしかない身体性の駆逐、AI模倣である。
こうして文化の泉は枯れた。
体験型とか、臨場感ライブとか、アウトドアとか摩擦、質感、抵抗回復型レジャーも確率論的に管理され整えられ調合された受動消費としてアルゴリズム生成と利益最大化に奉仕する部品アバターである。どうやって文化が起こせよう?
返信する
008 2026/05/05(火) 06:35:42 ID:nGJFCIOnKw
意味は受容体産生物であった。
「意味→文化共有→価値」の初手である意味は、現実個別の摩擦係数から発火するものであるのに、火が熾らない。1999年の革命以来止まったのがこれだ。草食動物は、胃腸に飼う細菌によるセルロース分解物のみならず細菌自身も餌にして消化することでエネルギー源としている。
今や人間はAIの体内に棲む細菌なのかも知れず、摩擦係数なきAIに食わせるデータを生み出す力すら失いそうだ。
返信する
009 2026/05/05(火) 09:27:35 ID:nGJFCIOnKw
最大の問題は、新しい価値が生まれないことではなく、文化がカニばることである。つまりは自分の足を食う。単なるリメイク、サンプリング、借りパクならまだ可愛い。
詐欺しか利を生めなくなることだ。これは搾取の時代を終わらせはするが。詐欺、詐取の時代をもたらす。詐欺は文化のカニバリズムである。
返信する
010 2026/05/05(火) 15:23:30 ID:AuzoMUKKFQ
道理で魂のない
思考停止ボット馬鹿が増えるはずだ
ちゃんとした人間は少数で苦悩のあまり活動的ではないのだろう
現実逃避しながらひっそり違和感の中暮らしているはず
返信する
011 2026/05/05(火) 17:35:25 ID:bQQfuZkAxk

なるほど「日本はどのような方向に進んでいるか?」だね。
「タイパコスパ、寿司職人の修行十年は無駄……これらは単なる効率至上主義ではない。ノイズでしかない身体性の駆逐、AI模倣である」
では「人間社会は永遠に生きる事に苦労すること」が使命なのかと。
「AIで数秒で完璧な答えが出ている事を採用せず自分の頭で何十年も考えて答えを導き出す、その答えはAIよりかなり不完全なもの」だがそれに価値をおくの? これは単に懐古主義ではないかと。「1990年以前の日本のスタイルで楽しかったからそれを永遠に続けたい」旧時代への未練ではないかと。
昭和平成の時代に、江戸時代のスタイルまではいかんが、武士や武将の様な心構えを大事にしている高齢者は少なくなかった。時代劇が流行っていたのもそのせい。
時代の移り変わりというのは、残酷なまでに過去を駆逐してしまうのではないかと。
人がいつまでも子供で居られないのと同じように、常に新しい時代に対応していかねばならないのではないかと。
令和においての昭和平成はもはや室町江戸時代みたいなものでしょう。
返信する
012 2026/05/06(水) 09:35:17 ID:KIJYkckx0w
>>11 この動画や1999年終了説が主張しているのは、もはや時代を画する文化的なニュアンス。彩り、時代色の推移は消えたのだと、新しいオリジナリティは現れないのだと。
その代わりに無機質な技術進歩のみが進んでゆくだけなのだと、そういう予感込みの「終わり」なのだよ。旧時代への未練の表し方くらいにしかこれからの表出、表現行為バリエーションはなかろうと。
返信する
013 2026/05/11(月) 17:30:19 ID:emyVDPrasY
つまり、テクノロジーが引っ張る時代は進むけれども、身体を喪失した人類には新しいオリジナルな創造はできず、壊れたレコード状態で同じことを繰り返し、コピーを吐き出すのみだと。2026年と2068年。いや、4692年ですら、人間の精神活動による時代づけはなく、2000年プラス技術進歩にすぎないと。
返信する
014 2026/05/11(月) 23:03:16 ID:N.iXJsQ4Ow
015 2026/05/17(日) 16:40:39 ID:7DCI5ck8PI
歴史とか文化とかはアナログ的産物だったんやなって…
返信する
016 2026/05/17(日) 16:43:07 ID:7DCI5ck8PI
017 2026/05/17(日) 16:48:18 ID:7DCI5ck8PI
018 2026/05/18(月) 19:35:33 ID:bv5VdyAItE
芸術の原点は生であり、他者との関わり、個体からのはみ出しである。
人間は表出、表現によって他者とつながり、他者と出会い、自分以外を知る。人間が世界を認識し、構築し、世界と握手する方法は、表出、表現であるから、意味を汲み取るのにとても大切にしてきた触覚アンテナでもあったのが芸術だ。アンテナだからといって受け身に受信するだけのものではない。
芸術は味わうためだけのものではなく、自ら主体的に表出、表現してみるものである。その能動性に意味がある。AIは芸術か否か?或いは人間の芸術活動を超えたか?なる問いを発するものがいる。全く関係ない。もし少しでも関係があるとするなら何度も望み通りの仕上がり出力ならぬことに苛立ち、繰り返しやり直しを命じるそのプロンプトに芸術の片鱗が覗いているかも知れぬ。相手は機械だが、職人を叱咤して作り直させる北大路魯山人や本阿弥光悦に近い心理にはなれているのかもしれないからだ。あなたが満足したならば、その時AI出力は、あなたのフィルターを通したあなた好みの作品としてプロデュースされた表出、表現だと言える。ずいぶんやせ細ってしまったけど、その分触覚アンテナは革命的にパワーアップする進化を遂げたのだ。
無論、受容体反応システムである人間がなぜアナログを好み、落ち着き、信頼を寄せるのかは、身体がアナログシステムだからに他ならない。
返信する
019 2026/05/18(月) 19:41:17 ID:bv5VdyAItE
だが、その徹頭徹尾アナログである人間身体を効率よくハックし、騙せるのならどうか?
人間は騙され続けよう。しかし、今までは騙されなかったのか?否、騙されなければならない存在であり続けてきたのではなかったか?効率よく騙されなければならない時代がやってきただけなのだ。
返信する
020 2026/05/18(月) 20:36:28 ID:bv5VdyAItE
その代償は何だ?天の下、なべてこの世はこともなし、新しい何ものも生まれては来ない、というだけのこと。
新しいものなどない世界、素晴らしいではないか?
欲求不満なき定常系世界をどんなに待ち望んできたことか。
返信する
021 2026/06/08(月) 23:27:45 ID:QNrfgripgo
とどめを刺すのがAIなのだろうな。文化はもはや意味がない時代に到達した。
返信する
022 2026/06/18(木) 22:16:31 ID:ywm3McgGR.
再注目されるヒトラーの予言
「それをもっとはっきり言えば、人類の一部はそのとき、人類から、より高度なものに進化して、神に近い生物になっている。人類から神のほうへ進化するのだから、それは『神人(ゴッドメンシュ)』と呼んでかまわない。
残りの大部分は、これも進化なのか退化というべきかわからないが、一種の機械になっている。ただ操られて働いたり楽しんだりするだけの、完全に受動的な、機械的な反応しか示さない『ロボット人間』になっているのだ。それまでの気候異変と環境異変、政治と娯楽と食物、それから起こる突然変異が、そのようなロボットのような人間を大量に生み出す。
神人のほうも同様で、同じ原因から生まれてくる。ただ突然変異が大脳にプラスに働いて、進化の方向がロボット人間と別方向になるだけだ。その前段階の『超人(ユーベルメンシュ)』たちも、より進化して神人になる場合がある。
いずれにせよ、彼らはいまの人間の数次元上の知能と力を持つ。彼らは団結して地球を支配する。それまでのあらゆる危機や問題は、彼ら神人たちの知能と力で急速に解決されていく。」
返信する
023 2026/06/19(金) 01:26:59 ID:lsJloCI3Fo
次元上昇した地球に置いていかれた土の時代のままの人達が終了した地球を経験しているのかもしれんね
しばらくすると自然淘汰されるはず
返信する
▲ページ最上部
ログサイズ:17 KB
有効レス数:25
削除レス数:0
不適切な書き込みやモラルに反する投稿を見つけた時は、書き込み右の マークをクリックしてサイト運営者までご連絡をお願いします。確認しだい削除いたします。
総合映像特設掲示板に戻る 全部
次100 最新50
スレッドタイトル:世界1999年終了説
レス投稿